[9月の創発2010レビュー]


『表現の多様性』―国際野外の表現展はサイトスペシフィックアートで地域創造の契機を提供する。―

小野寺優元(国際野外の表現展オーガナイザー) 


 昨年10月生物の多様性を討議する国際会議COP10が名古屋市で開催され、多くの関心を集めました。この間の報道を通じて、私たちは、地球という閉鎖空間に生きる人類にとって、生物の多様性が不可欠であることを再認識しました。多様性ということは、個々の生物は生命の循環の中で生きるのであり、種の存続の危機に直面しても、何らかの生き延びる道を残せるという意味も含め、地球上のあらゆる生物にとって最も大切で基本的な戦略だと言えます。
 ここで生物の多様性とは対比的に「表現の多様性」という概念を提示してみたいと思います。日本美術は、明治以降現在に至るまで、近代美術という名の下に、表現は様式や流派の中にあって質を高めるという方向より、個人の感性やアイデンティティーに依拠した表現こそ価値があるのだという方向性を拡大し、表現の多様性を目指してきました。しかしながら現代美術といわれるものの中には、他人と異なることや奇を衒うことのみに走った表現もあり、観る者を困惑させ、多様性とは混乱だと考える人もいるようです。しかし優れた表現が多様に存在すれば、生物と同様表現の循環が生まれ、文明に新しい価値観を提供する機会が増えることになります。現在、日本のみならず世界を蓋っている行きづまり感のようなものをもたらした原因のひとつは、価値観の多様化が妨げられ、新しい価値が生まれにくいことにあるようです。
 今この表現の多様化を拡大するものとして私が注目しているのが、野外展や街中アート展で見られるサイトスペシフィックアートです。「場」の記憶ともいえる、歴史、文化、風土、さらに具体的には地形、水脈、風向、植生、土壌、暮らし、祭り、といったその「場」のコンフィギュレイトな情報と、アーティストの心の奥底に染みついて離れないオブセッショナルなものとを、作品の表現コンセプトとして織り成し、作品とします。このようにして制作されるサイトスペシフィックアートは、その「場」でしか成立せず、かつアーティストにとっても、それまで追求してきた表現に新しい局面を付加した新しい作品となるはずです。これまで野外空間で表現することは、単に美術館やギャラリーといったホワイトボックスから逃れ、現実の空間に表現スペースを求めたと考えられましたが、それは、もっと積極的に「場」の記憶を表現コンセプトに組み込む試みであり、日常の空間において普段アートとは無縁の人の心にも浸透を図り、感動を喚起しようとする行為だといえるのです。
 名古屋でCOP10が開かれた頃、兵庫県西宮市で「西宮船坂ビエンナーレ」が開催され、サイトスペシフィックアートの意義と表現の多様性について話し合うシンポジウムが行われました。このアートイベントの総合ディレクター藤井達矢氏は、「国際野外の表現展2006比企」に出品した後、ドイツ・カッセルから参加してきたアーティストの招きでドイツへ留学し、帰国後国際野外の表現展の仕組みを参考にして「西宮船坂ビエンナーレ」を開くに至りました。このシンポジウムには、関西地域で野外アートイベントを企画運営するプロデューサー各氏が参加し、各地での取り組みが報告されましたが、地域の人々のアートに寄せる期待感が高まっているのを感じました。中でも2010年、交通不便にもかかわらず多くの来場者を集め話題となった瀬戸内国際芸術祭の福武書店ベネッセコーポレーション水野氏の事例発表は、サイトスペシフィックアートが地域創造に果たした大きな成果の一つとして、今後の方向性を具体的に示してくれました。
 「国際野外の表現展」はこれまでプレ展+8回開催されましたが、2011年開催コンセプトの展開を検討しています。人間の営みに欠くことのできない「里山」と「街中」双方の空間で、サイトスペシフィックなアートを展示し、比企と川越の歴史的関連を、アートの力で現代の文化の循環に変え、地域創造の契機を提供していこうと考えています。

[2011/1/17]











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[会場写真]
「国際野外の表現展」会場写真

「国際野外の表現展」会場写真

「国際野外の表現展」会場写真

「国際野外の表現展」会場写真

「国際野外の表現展」会場写真

「国際野外の表現展」(川越)会場写真