[9月の創発2010レビュー]


 創発見聞道行論

阿蘇山晴子(美術家、臨床発達心理士) 


 創発について初めて知ったのは、2009年お正月の頃だったかと思う。松永さんから、「9月の創発2009」への参加にお声をかけていただいての事である。松永さんとは、埼玉県立近代美術館を会場として、1998年~2003年にかけて展開したシリーズ個展「怪物覚変身場」にご助言いただいた事を御縁とする。それ以降もアーティスト活動について様々に御指導御助言をいただき、私自身、見る側の専門家として最も信頼する方である。
 9月の創発2010には、柳井嗣雄氏の会場に御協力をいただいて、何とかダンスパフォーマンスで参加することができ、得難い貴重な収穫を得て大変喜んでいる。しかし今回の作品については、シンポジウムの折での、報告に尽きる。と思っているので、本稿では、創発に関してどのように感じ、捉え、見聞したかという、経過についての視点でまとめてみたい。
 私は、いわゆる美術の業界にはまことに不案内である。本来は発達心理学が専攻であって、カッコよく言うならば、アーティストでアートセラピーを手法にするセラピストであり、両輪の片方としてのアーティスト活動であるからなのだ。2008年春、精神科領域の文献をさがしに出て、斎藤環氏の著書(*)を入手した。斎藤氏は「ひきこもり」という単語を最初に使った精神科医で、私のセラピスト業務に直結する極めてかかわりの深い方である。内容は、現代美術のアーティストにインタビューを行い、斎藤氏の作家論を加えたものであり、もとは美術手帖の連載記事であったのをまとめたとの事である。これら美術メディアに喧伝されるアーティストのうち、私が名前と作品を知っていたのは、草間彌生ただ一人であった。なぜ知り得たかというと、草間彌生に見まちがえられた事があったからである。大いに反省した私は、これら時代の風がセレクトしたアーティストの展覧会に極力足を運び、何とか23人中7人の作品を確認したのだった。2009年春、杉本博司展を見に行った時、美術館内に展示された奈良美智の作品とも出会い、奈良美智が男性である事を初めて知ったのだ。“無知”をお笑い下さい。自作の制作展開にあたるには、御縁があって直接出会った方々からの御指導御助言に基づいて、加えて発達心理学領域での専門知識を踏まえて取り組んできたものである。
 創発は、埼玉県内で9月に会期を持つ現代美術の展覧会を、リストアップしてマップやパンフレット、ネット上で紹介広報するプロジェクトであると捉えていた。2009年は、私は8月下旬に千葉のお寺が会場のダンスパフォーマンスの予定が入り、創発には不参加の観客の一員であった。送られてきたマップとパンフレットを見ると、偏りがなく幅広く、改めて松永さんの美術家との交流の広がりを実感した。実際に会場まで行けた展覧会は2ヶ所であったが、9月中はパンフレットを興味深く眺め暮らして楽しんだものである。創発の趣旨についてよく理解したのは、2009年のシンポジウムの時である。自主的な企画が前提である事は承知していたが、現代美術による地域活性化と、美術家と地域住民との交流と、教育委員会等行政とのタイアップがあれば、尚可という内容であった。
 2010年1月には、いちどはそうしたプランを立てては見たものの会場設定には至らず、柳井氏の御好意に甘えて何とか「9月の創発2010」に参加できた次第である。2010年のシンポジウムには経験者として参加した。その際モデル事例とも呼ぶべき、公共の建物を展示会場とし、イベントやワークショップを含み、文字通り地域住民との交流と活性化につながるほとんどお祭りのようないくつかの報告があった。更にはアトリエ集合体を会場として公開し、地域の住民との交流を深めるという企画も数あり、創発の志すところを体して、熱気ある会場の多かった事には、驚きをこえてすっかり感心してしまった。しかも作家の方々は、必ずしも埼玉県に生まれ育って長く生活してきた方ばかりではないのにもかかわらず。つまり現在進行形で埼玉県という地元と、いろんな意味で密接にかかわりあう会場がとても多かったという事です。松永さんが創発に志した所は、今回十分に達成されているのではないだろうか?
 2011年1月半ば、『ギャラリー』1月号が届いた。この中に松永さんの、「埼玉美術展<創発>プロジェクトのゆくえ」と題された一文があり読ませていただいた。「9月の創発2011」は、すでに開催が予定されていると聞く。前向きで建設的で熱意ある参加作家の方々により、さらに鮮明に趣旨を体現する充実した企画が、多数開催される事を想定している。創発は、埼玉県の美術状況に御時勢を創れるか?それは松永さんが意識下におく、妻有や横浜等神奈川県の美術状況に対比して、どういった埼玉県としての独創性を持ち得るか?実に壮大なスケールの目論見だと思っている。私の夫は埼玉県に生まれ育って成人し、私との結婚後、埼玉県外に居住したのは夫婦共々2年半にすぎない。根っからの埼玉県地元民の一員としては、創発の開催が存在している事自体がとても面白い。大変興味深く「ゆくえ」を見極めたいと思っている。個人的見解を申し述べるならば、私は必ずしも埼玉県は静かすぎるとも、作家にも埼玉都民が多く発表の場を東京都内と決め込んでいる。とは思ってはいないのだが。
 振り返って私は、巨大な作品を巨大な会場で展開する巨大な展覧会が好きである。見に行くこともだが、本当は自分もそうありたいと願っている。作品と響きあう構成のある空間に御縁があれば、それが飛行機や船に乗らずにすむ日本国内であるならば、未来的表現に挑戦したいものだ。と密かに「夢想」しつつ、構想が降って来る時には、描き止めておくのである。

*『アーティストは境界線上で踊る』斎藤環、みすず書房刊、2008年

[2011/1/27]



[9月の創発2010]
【№22】

[会場写真]
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