[創発2011レポート]
■ 受け渡していくために
小川町も例にもれず、趣きのある古い家が次々と取り壊されている。その土地のことはそこに住んだ人にしかわからない。そして、それは建物の記憶とともに伝えられてゆく。だから家が一軒なくなると、その土地の記憶もまたひとつ消えていく。
伊東孝志さんは、自らのアトリエを使った展覧会で一昨年の「創発」に参加した。そこは小川町にあるカレー工場の跡地だった。昨年の「創発」では、廃校になった小学校の跡地で展示を行った。きれいに保存された校舎の内外に、あたかも昔からそこにあったかのような面持ちで作品が並べられた。そしてそこには、常にゆったりとした時間が流れていた。
そしていよいよ今年、「小川町現代美術散策」と題して町内4か所の古い建物を使った展示を展開させることになった。これまでの経験から伊東さんは、公共の施設ではなく個人所有の建物を使って展示したいと考えるようになっていた。そこで昨年の暮れあたりから、使われなくなった家屋を探すため市内を奔走していたのだ。
第1会場となるのは仲井屋商店が所有する長屋である。ここはなぜか地元で「お助け長屋」と呼ばれる賃貸住宅で、4室のうち空いている1室を使って伊東さんが展示する。第2会場は三共織物株式会社が倉庫として使用している蔵だ。大谷石造りの重厚な建物で、その手前半分を使ってタムラサトルさんが展示する。
第3会場は日本キリスト教団小川教会の旧館。ここは100年以上の歴史を持つ由緒ある教会である。最近、新館ができ、その後は子どもたちの集いの場として使われている。ここでは小林耕平さんが展示する。
そして今回、伊東さんが最も手をかけたのが第4会場の醤油屋の跡地である。柳井嗣雄さんと滝沢徹也さんが展示することになっている。ここはかつて日野醤油店という名で営業しており、裏に工場があって「国光」という商標の醤油を製造販売していた。工場の方は取り壊され、今は駐車場になっている。
家主は、今は大阪に移っていたが、趣旨を話すと快く使用を承諾してくれた。今年の5月に賃貸契約を交わし、それから修復作業が始まった。店を閉じてからしばらく経つため屋内はかなり荒れていたという。壁や柱に貼り付けてあったベニヤを剥がしてみると、黒光りする年季の入った板材が現れ、材質の違いから増築した痕跡も明らかになってきた。醤油屋だった時代を偲ばせる張り紙や写真も見つかった。
近所の奥さんたちはしばしばここに立ち寄り、昔話に花を咲かせるようになった。伊東さんの作業に関心を寄せ、この店の情報集めを手伝ってくれる人も現れた。とりあえず大方の修復が終わった7月の末、建物のある本町1丁目の人たちに声をかけて小さなお披露目会をすることにした。ところが開けてみれば50人を超す大集会となった。彼らはみな、それぞれの思い出を胸に抱えてここにやってきたのだった。
展覧会が始まると彼らは、初めてこの場を訪れる人たちと出会うことになるのかもしれない。しかし彼らの記憶は、それを知らない人たちにとっては別世界のできごとだ。それを伝えるためには、そこで新たな物語が共有される必要がある。それが媒介となって、初めてその記憶を他者へと受け渡していくことができるのだ。
美術家は作品が置かれる場の記憶を探し出し、同時代の視点によってそこに形を与えてゆく。私たちは、そこに出現した意外な造形物によって、その場が持っていた別な一面を垣間見ることになる。言い換えれば、そこがひとつの演劇的な空間になるのである。今回参加する美術家たちは、それぞれの会場でいったいどのような物語を生み出してくれるのだろうか。
■ 受け渡していくために
小川町も例にもれず、趣きのある古い家が次々と取り壊されている。その土地のことはそこに住んだ人にしかわからない。そして、それは建物の記憶とともに伝えられてゆく。だから家が一軒なくなると、その土地の記憶もまたひとつ消えていく。
伊東孝志さんは、自らのアトリエを使った展覧会で一昨年の「創発」に参加した。そこは小川町にあるカレー工場の跡地だった。昨年の「創発」では、廃校になった小学校の跡地で展示を行った。きれいに保存された校舎の内外に、あたかも昔からそこにあったかのような面持ちで作品が並べられた。そしてそこには、常にゆったりとした時間が流れていた。
そしていよいよ今年、「小川町現代美術散策」と題して町内4か所の古い建物を使った展示を展開させることになった。これまでの経験から伊東さんは、公共の施設ではなく個人所有の建物を使って展示したいと考えるようになっていた。そこで昨年の暮れあたりから、使われなくなった家屋を探すため市内を奔走していたのだ。
第1会場となるのは仲井屋商店が所有する長屋である。ここはなぜか地元で「お助け長屋」と呼ばれる賃貸住宅で、4室のうち空いている1室を使って伊東さんが展示する。第2会場は三共織物株式会社が倉庫として使用している蔵だ。大谷石造りの重厚な建物で、その手前半分を使ってタムラサトルさんが展示する。
第3会場は日本キリスト教団小川教会の旧館。ここは100年以上の歴史を持つ由緒ある教会である。最近、新館ができ、その後は子どもたちの集いの場として使われている。ここでは小林耕平さんが展示する。
そして今回、伊東さんが最も手をかけたのが第4会場の醤油屋の跡地である。柳井嗣雄さんと滝沢徹也さんが展示することになっている。ここはかつて日野醤油店という名で営業しており、裏に工場があって「国光」という商標の醤油を製造販売していた。工場の方は取り壊され、今は駐車場になっている。
家主は、今は大阪に移っていたが、趣旨を話すと快く使用を承諾してくれた。今年の5月に賃貸契約を交わし、それから修復作業が始まった。店を閉じてからしばらく経つため屋内はかなり荒れていたという。壁や柱に貼り付けてあったベニヤを剥がしてみると、黒光りする年季の入った板材が現れ、材質の違いから増築した痕跡も明らかになってきた。醤油屋だった時代を偲ばせる張り紙や写真も見つかった。
近所の奥さんたちはしばしばここに立ち寄り、昔話に花を咲かせるようになった。伊東さんの作業に関心を寄せ、この店の情報集めを手伝ってくれる人も現れた。とりあえず大方の修復が終わった7月の末、建物のある本町1丁目の人たちに声をかけて小さなお披露目会をすることにした。ところが開けてみれば50人を超す大集会となった。彼らはみな、それぞれの思い出を胸に抱えてここにやってきたのだった。
展覧会が始まると彼らは、初めてこの場を訪れる人たちと出会うことになるのかもしれない。しかし彼らの記憶は、それを知らない人たちにとっては別世界のできごとだ。それを伝えるためには、そこで新たな物語が共有される必要がある。それが媒介となって、初めてその記憶を他者へと受け渡していくことができるのだ。
美術家は作品が置かれる場の記憶を探し出し、同時代の視点によってそこに形を与えてゆく。私たちは、そこに出現した意外な造形物によって、その場が持っていた別な一面を垣間見ることになる。言い換えれば、そこがひとつの演劇的な空間になるのである。今回参加する美術家たちは、それぞれの会場でいったいどのような物語を生み出してくれるのだろうか。
[2011/8/31 松永]